思考の発酵 ~ 謎床ってなに?~
- 2026.05.18 | 書評 未来への学び(遠い未来)
AI時代の糠床?謎床とは
糠床とは、米を精米したときに出る「米ぬか」に塩と水を混ぜて練り上げ、乳酸菌や酵母などの微生物を発酵させたものです。この「床」に野菜などを漬け込むことで、栄養価が高く風味豊かな「ぬか漬け」(漬物)を作ることができます。
この糠床のロボット「Nukabot」の誕生秘話がドミニク・チェン(早稲田大学文学学術院教授 学際情報学)さんのブログ(思考の発酵 ~ 発酵と生成の「けもの道」 情報技術のオルタナティブ )で語られています。
私がこのブログに感銘を受けた点は、「深い思考には発酵が必要」というくだりです。
(考える人 新潮社より)
ブログの中で、ドミニク・チェンさんと編集者の松岡正剛さんとの対談の紹介があります。
QUOTE(引用始まり)
二万冊の本が配架された編集工学研究所の「本楼」で、松岡さんと十数時間自由に対談をした。宗教観からテクノロジーの在り方に至るまで、古今東西の様々な事柄について語り合った末に、発酵の話題にたどり着いた。この対談は『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社、2017)という一冊にまとまっている。対談の終盤では、情報技術はすぐに正解を教えようとするが、謎を謎として保持することこそが必要だ、という話になった。そして、問いをしばらく寝かせていると、問いが別様のかたちに変化して返ってくることがある、この感覚は糠床に似ている、とわたしが言ったら、松岡さんがすかさず「それは糠床ならぬ『謎床』だな」と応じた。
UNQUOTE(引用終わり)
Picklesの開発
Picklesは、チェンさんが開発した「日記のフィードバックを1週間に一度メールで届けてくれるAI」です。日記という極めて個別性の高い文章をAIに読ませてAIによるフィードバックを開発するという取組は、チェンさんならではの問題意識と専門性による取組です。Picklesの開発過程では、チェンさんは、自分自身によるテスト以外にもいろいろな被験者に試してもらい、そのフィードバックをもらいます。曰く、10年後のPicklesに期待することは、「打ち明けることができる友人」、「自己反省のための鏡」、「見えない詳細のための拡大鏡」、「時間を発酵させ保存するための容器」。ある人は、Picklesを通して「思い出を集める」という意識が生まれたとのこと。
でも、チェンさんは、以下の結論に至ります。
QUOTE
Picklesをつくり、それを様々な人たちに使ってもらう数ヶ月を経た今、わたしがあらためて実感するのは、「思考の発酵」はAIによる情報処理のプロセスではなく、あくまで書き手の意識の中で起こる現象である、ということだ。なぜかといえば、Picklesからのメールを読んでいても読んでいなくても、日誌を書き続けて問いが活性化してさえいれば、思考の発酵は起こるからだ。当初は人間の意識とAIのデータベースの両方で「思考の発酵」が起こり得ると考えていた。けれど、今はよりはっきりと、発酵が起こる場は人間の意識内であると考えている。
AIの可能性についても、チェンさんは言及しています。曰く、Picklesは「ある記憶情報に対して自分とは異なる気づき方を提示するもの」「日誌に対する応答メールが”文章の内容や文体が自分の日記よりも、より香ばしく、滋味深く感じられる”可能性」
UNQUOTE
糠床ならぬ謎床
ここで、先に触れた松岡正剛さんとの対話に戻ります。対話の中での松岡さんの発言「謎床」についてです。
QUOTE
この時「謎床」という言葉が何を意味するのかは、具体的には話せずに終わった。けれど、Picklesを開発した今なら、生き生きとしたイメージが湧く。「思考の発酵」において、問いは微生物のように意識の中を動き回り、記憶という栄養源に取り付いて、新しい意味をつくり出す。だとすれば「謎床」とは、問いという微生物が棲みつき、発酵を繰り返すための場――つまり、わたしたちそのものではないだろうか。松岡さんの一言に対し、八年後にPicklesを通して自分なりの応答を得ることになるとは、対談した当時は想像もしなかった。
UNQUOTE
私が、このブログに強く揺さぶられたのは、この最後の文章です。長年の情報学に関する研究、その中での実験や対話、その結果、「思考は私たちの体内でこそ発酵する」、「その「床」が「謎」を問い続ける姿勢」ということです。以前、Sense of Wonderという本を紹介しました。正に、人間が人間らしく幸福に生きていく根っこが、この謎床にあるのではないでしょうか?
とても興味深いブログ(10回)です。
(文責:大井 筆者略歴はコチラ)
