大学受験 英語学習法 その2(文法・語彙実践編)~認知心理学、外国語習得の視点~
- 2024.05.27 | 高校生・受験生の学び(現在)
英語(外国語)学習法実践編として、認知心理学を踏まえた学習法、文法や語彙の学習について説明します。
(1).認知心理学 と勉強法
認知心理学と勉強法については、「学びとミライ」でもブログ連載を続けています。ブログの中では、「覚えること、考えてわかること、受験勉強におけるコツ」について説明をしています。覚える際のキーワードは構造化です。脳の中に、強固な城壁を作るイメージです。一度、構造化した記憶は、忘れにくく、簡単に思い出すことができます。チェスや将棋のプロとアマチュアの違いは、盤面を、構造化して覚えることができているかどうかです。ベテランの研究者と学生の違いも、知識をどれだけ構造化できているかどうかです。
考えてわかる際のキーワードは、スキーマを作り上げることです。スキーマとは、知識のつながり、知識の枠組みのことです。知識がぶつ切りの状態ではなく、繋がっている状態です。未知のことに出会った際に、既有知識を活用することで、効率的に学ぶことができます。知識がぶつ切りではなくネットワーク化できていることで、芋づる式に知識を引き出すことができます。既有知識を活用することで、新しい経験でも、ゼロからの学びとして一から築き上げるのではなく、既にある土台の上に積み重ねることができます。スキーマ(知識の枠組み)とは、知識の石垣です。
脳の記憶容量や作業容量は大きくありません。その制約の中で、効率的に学習するためには、知識を結び付けて、太いネットワークを持った神経回路を創ることが必要です。有効な神経回路を創るためには、すぐにはあきらめずに粘って考えること、知識を自分で咀嚼する努力が必要です。自分自身で鍛えなければ、筋肉はつきません。同じように、脳の神経回路も結びつきません。筋トレと同じように、勉強(脳トレ)もしんどいものです。
(2)外国語(英語)習得に認知心理学を生かす方法
前回、外国語の習得は、母国語のように生活の中でトライ&エラーで習得する方法ではなく、意図的な学習・明示的な学習が効率的という説明をしました。このことは、認知心理学の記憶における”構造化”、理解における”スキーマ”と通じます。構造化された知識は、整理されたファイルが利用しやすいように、容易に利用できます。意図的に意志を持って自分で創ったスキーマは、既有知識を未知の知識へ援用することを可能にします。行き当たりばったりで経験や生活を通じて学習するのではなく、意図的に学習すること(指導者の立場としては”学習のキモ”を明示する指導)で、構造化やスキーマが確りと出来上がることがイメージできると思います。上記の認知心理学における勉強法の基本的な考え方を整理した上で英語学習への活用を説明します。
(3)文法におけるコアイメージの活用
コアイメージとは、言葉の複数の意味の間に共通して存在する中心となる意味のことです。具体例は以下の通りです。
1.前置詞
前置詞の場合、空間位相、時間、その他の内容など多義的な意味を持ちます。前置詞onを例にあげると、「~の上に」という空間位相的な意味として理解するのではなく、コアイメージとして「接触している」という意味を持つことを理解することです。
On the wallは、「~の上に」という意味だけでは理解がむつかしいですが、コアイメージ(接触している)の活用で、理解できるようになります。また、前置詞onの使い方として、on duty(勤務中) on business(出張中) on vacation(休暇中)などの時間を示す意味への広がりがありますが、「接触している」というコアイメージを理解することで、勤務や休暇が続いているという意味への展開が予想できるようになります。コアイメージは、認知心理学のスキーマを活用した学習と言えます。
2.助動詞
助動詞についても、コアイメージを活用した理解ができます。下記の図は、will, canのコアイメージを図示したものです。willは意志を、canは秘めた可能性がコアイメージです。wouldと couldは、それぞれの意味が弱まったイメージです。
このイメージを活用することで、Would you….?とCould you….?のニュアンスの違いが理解できます。Wouldは相手の意志(willのコアイメージ)を、Couldは相手の可能性(canのコアイメージ)を質問しています。相手の立場からすると、意志を問われてその有無をこたえる(やりたくない・やりたい)よりも、依頼内容を実行する能力があるかについて(できる・できない)こたえる方が、断る際にも断りやすい、すなわち、意志がない(やりたくない)ので断るのではなく、意志はあるが能力がない(できない)ので断る方が断りやすいという理解です。すなわち、Could youは、相手の立場にたった場合に、より丁寧な依頼であるという理解ができます。こういう学習についても、知識のぶつ切りではなく、コアイメージというスキーマを活用することで理解が深まる学習と言えます。
(4)語彙における指導法
英語学習における語彙の重要性は理解できると思いますが、語彙を考える際には、語彙の大きさ(量)だけではなく、語彙の深さについても考える必要があります。語彙の深さとは、意味、用法など、知識の深さを意味します。また、語彙知識を考える際に、必要な単語数はどの程度かを考えることも重要です。成人の英語母語話者の日常会話での使用単語数は、6,000語から7,000語、新聞・雑誌・小説などを理解するためには8,000語から9,000語が必要と言われています。一方で、英語母語話者の中高生向け教科書や書籍では、高頻度から中頻度の語彙を中心に3,000から5,000語程度で、ある程度の理解が可能と考えられています。(英語指導法 理論と実践 赤松信彦編著P109)
また、文科省の定めた学習指導要領(現行)では高校卒業時の目標語彙数は3,000語(4,000~5,000語を目標とすることを検討中)です。なお、ここでの語彙数は、word familyという考え方での単語数です。Word familyとは、例えば、friendのword familyには、friends, friendly, friendshipなど、名詞の複数形や動詞の活用、形容詞の比較級などによる語形変化や接頭辞接尾辞による派生語を含めた数え方です。以上から、大学受験では、5,000語程度を目標とすることが目途のようです。
語彙を深めるための学習法には、語源の活用や接頭辞接尾辞を活用した方法があります。例えば、接頭辞reには、recall(思い出す)remind(思い出させる)repeat(繰り返す)reverse(反対にする)など、”再びや戻すという意味”がありますので、これらを結び付けることで理解が深まります。認知心理学でいえば、とてもシンプルな知識のネットワーク化です。また、一つの単語に複数の意味がある多義語を理解する際には、元々の英語の意味において多義性が高い単語(例:前置詞on)と、英語自体の意味においての多義性は低いが、対応する日本語が複数あるので多義語になる場合(例:wear)があります。
多義語を学ぶ際に、上記のような整理をすること、すなわち、多義性にも2種類あることや、上記のようにwearの多義性を整理すること(構造化)で、理解を定着させることが容易になります。ここでも認知心理学での構造化やネットワークがキーワードです。
最後に、語彙を深める際のツール(辞書)を紹介します。辞書やオンライン辞書(例:英辞郎 on the WEB)で例文を見ることはできますので、その活用が簡単な方法です。また、様々なジャンルの例文を集めたものをコーパス(Corpus)といいますが、現在はオンラインで無料利用できます。例えば、SKELLでは、単語が使われる構文、共起する(一緒に使用される)単語、類義語を簡単に調べることができます。COCA(Corpus of Contemporary American English)やWordNetでも同様に類義語、語源、使用頻度など、語彙のつながり(ネットワーク)を知ることができます。語彙の大きさを深めた後、語彙を深めることを意識して学習することで、英語力、なかでも、英作文のスキルは格段に上達します。
次回は、ネイティブスピーカーの英文法の理解について紹介することで、外国語としての英語を実践的に学習するヒントを説明します。
(文責:大井 安治、臨床発達心理士)
参考文献
英語指導法 理論と実践 21世紀型英語教育の探究 赤松信彦(編著)英宝社 2018年1月
言語はどのように学ばれるか 外国語学習・教育に生かす第二言語習得論 パッツイ・M.ライトバウン、ニーナ・スパダ(著)白井恭弘・岡田恵子(訳)岩波書店 2014年9月
ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力 Native speaker series 大西 泰斗 ポール・マクベイ(著)研究社 2005年11月
英語独習法 今井むつみ(著)岩波新書 2020年12月
日本人のための日本語文法入門 原沢伊都夫(著)講談社現代新書 2012年9月