心理学と勉強法 第23回 転移
- 2021.07.30 | 心理学と勉強法 高校生・受験生の学び(現在)
心理学と勉強法 第23回
第23回は、転移について説明します。
転移
問題を解いた経験が、ほかの問題の解決を促進する効果を心理学では転移と呼んでいます。古典的な実験に「放射線治療問題」(Duncker、1945)があります。
問題
胃の中に悪性腫瘍がある患者がいるが、手術による摘出はできない状況。放射線療法で破壊することはできるが、大量の放射線を照射すると周囲の正常な組織も破壊される。弱くすると腫瘍が治療できない。どうすれば腫瘍だけ破壊できますか?
この問題の典型的な解答例は、弱い放射線を四方八方から照射して腫瘍に集まるようにすることですが、この問題を、類似問題を解くことによって転移が生じるかどうかの心理実験があります。
軍隊問題(類似問題)
将軍がある国の中央にある要塞を攻め落とそうとしている。要塞にはたくさんの道が 放射状に延びているが、道には地雷が埋めてあり、少数ならば通過できるが、大軍を通すと爆発してしまう。全軍を送らないと要塞は攻略できそうにない。将軍はどうしたらいいでしょうか?
実験の結果は、類似の問題の解答を聞いただけでは、なかなか自発的にはヒントとして利用されず、転移が生じたのは2つのパターンでした(Gick & Holyoak 1980 , 1983)。
「軍隊問題が放射線問題のヒントになっている」と被験者に明示されたときが1つ、被験者の特徴がもう1つのパターンです。
2つの類似問題の解を聞いて、「いったいどのような話だったか」という要約をしてもらったときに、「大きな力を一方向からはかけられないとき、いくつかの小さな力に分けて、その小さな力を集めることで、全体として大きな力にすることで解決した」というまとめ方をした被験者たちは、解答結果が改善しました(転移)。「要するに、努力すれば報われるという話」というようにまとめたような被験者たちには、ヒントの効果は表れませんでした。
この例での気づきを分析すると、2つの問題を個々の問題自体(腫瘍と城塞)や属性(病気と建物)で考えるのではなく、問題が持つ相互の関係(分散と集中)として知識にできている人は、その相互関係の対応付けをもって転移が起きています。
まとめ
転移の実験例から学ぶべきポイントは、”経験を生かす=自分の知識(スキーマ)にする=血肉にする”ことですが、領域固有性の議論とともに、ここで意識すべきスキーマとは、中程度の抽象度を持った知識ではないでしょうか。
形式論理のような一般性(普遍性)が極めて高いレベルでの推論が苦手な人間ですが、自分のためになる知識を獲得する術には長けている、そのような知識は血肉となると私はとらえています。PCやロボット、AIではない、生物である人間の本能として、自分のためになる(と考えることができる)知識は獲得できる、血肉になるととらえています。
イチローの話が、野球人だけではなく、広く世間の人に影響を与えている理由もここにあります。
パワーアップする脳のネットワークがつながっていくイメージができませんか。