中程度の抽象度を持った知識 ~心理学と勉強法 2023~

学問ノススメのブログ 心理学と勉強法の中で、多くの皆さんから興味を持って頂いたブログを隔週で紹介するシリーズです。今回は、”中程度の抽象度”を持った知識について説明します。少し長くなりますが、お付き合いください。

4枚カード問題

人間は、推論をする際に、”中程度の抽象度を持った知識”を使っているという考え方があります。推論についてのいろいろな研究から、導き出された考え方です。推論についての有名な心理学の実験にウエイソンの4枚カード問題があります。以下の問題、みなさんも考えてみてください。

4枚のカードの片面にはアルファベット、裏面には数字が書いてあります。また、母音の裏側には、必ず偶数が書いてあるというルールがあります。このルールが成立するためには、どのカード2枚をめくる必要がありますか?

(4枚課題の例)

 

実験(被験者はイギリスの大学生)の正答率は10%程度だそうです(正解はAと7)。この実験は、「人間は、ある程度は論理的な思考ができるはずなのに、どうして誤るのか」という点で、注目されて、最初の実験(1960年代)から、現在に至るまで様々な視点での実験(追試)が行われてきました。例えば、以下の問題(封筒問題)があります。

【封筒問題】

封印した封筒には、50リラの切手を貼らなくてはいけない。裏返して確かめる必要のあるものを選んでください

(封筒問題の例)

封筒問題の正答率は90%になります。

形式論理は苦手? 日常場面ならば論理的!?

この2つの問題は、形式的には同じ構造を持った問題(同型問題)です。違いは、課題がどれだけ日常的なもの(=抽象的なものではない)かどうかです。正答率が大きく異なる結果から、人間は日常生活では、数学Ⅰで学ぶような論理式の操作(形式論理)で推論することが得意ではなさそうです。

注:形式論理が無用、数学Ⅰで命題と条件を勉強することが無意味ということではありません。むしろ、論理的にはこのような誤りをする思考が人間にはあり、誤った推論を行ってしまう癖があるので、論理的に推論するスキルを学んでいます。科学的に考える意味ではとても重要なスキルです。

 

 

この2つの問題の正答率の違いから、「日常的な状況にすれば正答率が上がる」→「日常場面では、人間は論理的に考えている。4枚課題は、非日常的な課題であり、問題状況がよく把握できなかったからだ」と一足飛びに考えてしまう人もいます(“日常生活理論”と名付けます)この考え方もどうも誤りのようです。

香港の人はミシガンより論理的?

例証する実験があります(チェン&ホリオークの実験)

封筒問題を香港とミシガンの人に実験する際、なぜ封印してある手紙は高い値段になるのかという理由(*)を与えるグループと与えないグループに分けて実験しました。(*)封印してある手紙は一等郵便であり、特別に扱われるので料金が高い

 

この実験のミソは、香港では封筒問題の規則と同じような規則が実際にあるのに対して、ミシガンにはそのような規則がない点です。実験の結果は、以下の通りです。

 

封筒問題の正答率

「理由なし」群 「理由あり」群
香港の被験者 88% 84%
ミシガンの被験者 56% 86%

 

この結果から導き出せる仮説は、理由を与えることで、人間は論理的な推論ができるようになるのではないかということです。なぜならば、ミシガンの人には、日常生活でなじみのないルールでも、理由を与えることで正答率があがっています。この仮説にも、いちゃもんをつけることはできます。曰く、香港の人のほうが元々賢い(論理的)。だから、理由を与えられなくても推論できたので、成績が良かったのだ。その反証の実験が2つ目の実験(コレラ問題)です。

 

【コレラ問題】

カードの表に搭乗というスタンプが押してあれば、裏の病名リストの中にコレラが含まれていなければいけないというルールがあります。裏返して確かめてみる必要があるのは、どれでしょうか。加えて、この実験に理由(*)をつけない場合とつけた場合で比べてみました。(*)裏面の病名のリストは、搭乗前に受けた予防接種である。この飛行機の目的地ではコレラが流行っているので、必ず予防接種を受けておかなくてはいけない

 

(コレラ問題の例)

 

実験の結果は、以下の通りです。

コレラ問題の正答率

「理由なし」群 「理由あり」群
香港の被験者 60% 86%
ミシガンの被験者 62% 89%

香港とミシガンのどちらの人も、理由を付けることで正答率があがっています。香港の人の方が論理的(ミシガンの人が非論理的)とは言えないようです。この実験の結果では、次のことが言えます。

まとめ

理由の有無による効果は、人間が形式的な推論ができるという立場からは説明できません。ここまでは、日常生活理論と同じです。でも、日常生活に即しているか否かが推論の可否を決定していません。日常経験がなくても(コレラの経験はなくても)、理由の有無で正答率が変化しています。「理由に納得してどのような状況かを理解(=類型化(スキーマ))ができれば、理解に応じた推論ができる」ようになっています。「納得して状況を理解する」ことがキーワードです。

このスキーマを、実用的推論スキーマと呼び、「中程度の抽象度を持った知識」と呼んでいます。

大学受験の指導をするうえで、この考え方を生かして個別指導をしています。なぜならば、スーパーコンピューターとは違って演算処理能力の限界がある、人間ならではの思考のクセであり、人間が持つ素晴らしい能力(AIは今は苦手)を生かせる方法だからです。

 

 

(文責:大井)